有限会社四国堂
代表者紹介

 

四国堂の代表 井上と申します。

当店は、創業以来、父の代より杉並区松ノ木の地で現在まで40年以上、2代に渡り商売を続けています。

 

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社名の由来は、創業者の父が高知県の土佐出身ということもあり、同じ杉並区の高円寺で叔父が経営する土佐屋から父が独立し、私が継いだ際に父の出身地である四国を社名にしました。

井上家の長男として生まれ、小さい頃から毎晩の夕食時に父から....、

 

『人の顔色を伺って仕事するな!』

『男として面白い人間になれ!』

『商売はやった分だけ遊べる!』など、

 

跡継ぎとして父の帝王学を洗脳され、休みの日には、いつも海山川に連れて行かれ、自然の怖さや魅力を教えられました。それが、今の『趣味はアウトドア』になった理由です。

それから、高校生になってサーフィンを始め。社会人になって、小さい頃から父に聞いていた秩父札所34箇所めぐりを体験したことで、山登りに夢中になりました。

仲間を見つけ、自分達の責任において山に登る。
ザイルを使わないと登れない北アルプスの山々にガンガン行き、冬山登り・岩登り・山スキー・アイスクライミング・沢登りなど、山に関する様々なジャンルにチャレンジしました。

難しい山を登りきることで、アドレナリンが出て、家に帰って風呂に入った時の「フ〜ッ!」という快感。冷え切ったビールを飲み干し、布団に入ればぐっすり眠れ、翌朝は疲れが残っていても頭がスッキリしている。

毎回得られるその感覚に、夢中になって25年以上続けています。

 


 

一番長く続けているのは、山登り

本格的な登山をやっている人間は、なんといってもサバイバルが得意。体力があり、方位磁石を使って地図が読める。

 

賞状 作成 料金 東京都 杉並区

 

天気予報では読めない天候の変化に勘が働き、空や地面の様子を見ながら、即座に判断する能力も必要。また、何日もかけて登ることもあるので、火を起こし、飯も作れなければならない。ところが、自然に関しては『ビビリ屋でなければ、軽視すると死んでしまう!」怖さも知っていなければならない。

川も海も含めて、アウトドア全般に応用が利く能力が身に付くのが、本格的な登山の凄さです。

 

よく、『井上さんは、趣味がいっぱいあるね!』と言われますが、

私はこの登山から、海のカヤック。波があるとサーフィン、波が小さいときはパドルボード。紅葉の時期は山登り。その地の美味いもの食ったり、温泉に入ったり。全ては山登りで覚えた遊び方を季節や天気に合わせて楽しんでいるだけなんです。 

 

そんなアウトドアが私に教えてくれたことは、精神と体を健康な状態にする自覚。  

経営者として父として責任を果たさなければならない反面、『いつまでもカッコいい大人で青春を楽しみたい。』そう思う気持ちを高めてくれるのが、やめられない魅力です。

 

 


 

サバイバルの怖さ。
それが私にとっての自然の魅力

日本でも豪雪で有名な谷川岳の隣側にある白毛門という山を登り山頂から宝川温泉に下った時のこと。いわゆる山スキーです。

ここは、岩登りで有名な谷川岳を登る練習用の山として、群馬県と新潟県の境目にある三国峠にあり、3月だったので、沢沿いに雪崩の危険はないだろうということで、宝川沿いをスキーで滑り、宝川温泉を目指し4人のパーティで行きました。

 

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前の晩、駐車場に到着しテント貼って仮眠。朝一番に起きて登り始めると雪がある。

「雪があるけど大丈夫かな?」と思いながら、

歩いて40分もすると、もう豪雪。

「こりゃ、スキーを履かなきゃダメだ!」ということで、

スキーをはいてゆっくり登リ始めました。頂上近くは、かなり急勾配なので、どうしようもなくスキーを担いで山頂を目指したのですが、頂上に着くと地面は、もうアイスバーン。山のテッペンが、ツルツルの地面。もうドキドキものでした。

 

しかし、ここからが山スキーの本番。

 

頂上から、地図を見ながら沢を探す。コンパスを使って、あらかじめプランニングしていた滑る方向をあわせ、いよいよ滑降するのです。

アイスバーンになっている頂上から、急角度を滑り目的地の宝川温泉を目指します。

私は、スキーでは転ばない程度の技術はあっても、決して上手いわけではありません。でも、この『転ばない技術』は山スキーヤーには必要な大原則。ボーゲンは得意!程度では、あの斜面状況は尻込みするかもしれません。

それでも私達は、川伝いと尾根伝いとにパーティーをふたつに分け、いよいよ、滑り出しました。

降り始めると、ところどころに割れている沢があり、そこに進むと川に転落する危険性があるので、仕方なく遠回りをしながら進みました。

今までせっかく滑り降りたところを、またスキーを担いで登りなおし、違う道を進んでみたり、腰まで冷たい水につかりながら川を下だったり、冷たい、痛い、苦しい、何回もそんな辛い思いをしながら進みました。

 

山スキーは道を誤ると、元の位置に戻るのに1〜2時間かかってしまうことや、最悪の事態では、山から出ることができない場合や、雪山では雪崩に巻き込まれてしまうこともあるため、慎重に進まなければなりません。

ところが、私は進む道を誤り、雪崩の可能性がある沢の方に進んでしまっていました。自分では、気付いていないまま進み、後ろから幅25Mほどの雪崩がバーッ!と流れ、尾根にいる別のパーティの仲間が、「大丈夫か〜!」と叫びます。それに気付いた私は、「ヤバイ!」と思い、雪崩に飲み込まれないように必死に滑り降りたことがあります。

 

最終的には怪我もなく、予定の時間通りに目的地に辿り着くことができ、安心しましたが、自然の中でのサバイバルは、広大で美しいところに心が癒される面はある反面、一瞬で命を失う可能性もある怖さを実感しました。

 

 


 

アウトドアは、ストレス解消に最高の遊び

そのアウトドアの中で私が一番好きなジャンルは、沢登りです。

丁度9年前の35歳の時、岩手県の葛根田川という岩魚がたくさん釣れると有名な川に行った時のこと。東北の沢は、わりと女性的なところが多く、歩いていると楽しいし、紅葉も美しくて自然と一体化できるので、本当に癒されます。

この葛根田川の上流は、流石に評判とおり、足を岩魚がつつき、両方のビクに入りきらないくらい簡単に釣れました。

初めて竿を持つ人間でもたくさん釣れる川は、沢は抜けなければならないため、そもそも、その沢を抜けきるだけの勇気がないと入ることができません。それだけに、『人が入らない場所=岩魚がたくさんいる』ということになるわけですが、何しろ工程が長い。

 

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3日程沢に入るため、食材を持ち込むのが大変。持ち込むのは、おにぎりとふりかけだけ。
あとは現地調達。

ところが、尾根を越え、関東沢に進む道で、下を見ると川に岩魚が群れているのが分かるのですから、沢を抜けきった快感とともに、「美味い岩魚が食える!」という期待感も沸いてきます。

散々岩魚釣りを楽しんで、両方のビクを一杯にした状態で山小屋に行き、自分達が釣った岩魚を刺身にしたり、塩焼きで獲れたてを味わうのです。

この体験が、自然の恵みに感謝する心を養い、目的を果たした達成感を感じさせ、自分の力で活きる勇気が沸いてくるのです。


日頃、オフィス用品を取り扱う私の仕事は、数年前にアスクルの出現で商売の方向性を大きく変えなければならない岐路に立たされました。

結局、アスクルと戦っても勝てないことは明白で、父の代から40年以上も店に在庫を抱え、配達までしていた商売のやり方も、大企業のアスクルには勝てないと判断し、文具の物販はアスクルのカタログ販売にシフトすることになり、売上が一時激減し、方向性に悩んだことがありました。

また、不動産バブル崩壊後、毎月赤字が続くことから、それを補うために、家族に会社を任せて外に働きに出たこともありました。

 

『毎日朝から夜まで資金繰りのことしか考えられない!』

『ここまで落ちたら俺も終わりか!』

 

そう思うことも何度もありましたが、ここまで会社を続けてこられたのは、毎週土曜日の自然遊びによって、気持ちのリフレッシュができたことが大きかったのだと思っています。それによって、すばらしい人や本との出合いと、それによる気付きが、今を築かせてくれているかもしれません。

 

 


 

家族や仲間に囲まれ、
山・川・海の自然とともに生きたい。

それは、いつまでもカッコいい大人でいたいというもの。少々ベタな夢かもしれませんが、山・川・海の自然遊びをいつまでもカッコよくできる、そんな生き方に憧れています。 いくつになっても、それなりに使える時間とお金があって、ともに楽しめる家族や仲間に囲まれ、山・川・海の自然とともに生きたい。

そう思い続け、今も毎週土曜日はアウトドアに出かけています。 

 

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今夢中になっているのは、シーカヤックとパドルボード。

まだ、このパドルボードは初心者なので、練習中ですが、鎌倉の材木座にあるマリーナにマイボードを置かせてもらい、同じ夢を持つ人や、憧れの人達と一緒に楽しむ時間が最高に楽しく感じています。


仕事では、「こんにちは四国堂です!」とお客さんから言われた商品を探し、仕入れ販売する商売を続け、「オールイエスマンは、本当にお客さんにとっていいいのか?」と思う葛藤が何度もありました。

昔は、「良く来てくれるから、判子や封筒もお願い!」と言われ、取引が大きくなったこともありましたが、時代の変化とともに、プッシュ型営業をやっていて、その方法を変える余裕もなく、経営よりも体力営業を強化する発想しかなかった私に、違うと感じさせ、考え方を変えさせ、動きも変えてくれるキッカケを与えてくれたのは、海で知り合った人達でした。

青年会や商工会議所での社長同士の付き合いに参加するようになり、「こんどこういうことやるんだけどできる?」と尋ねられ、その結果、鉛筆を売るだけじゃなく、名刺を自分で作れば利益率も上がる!とか、パソコン使えば自分でできるじゃないか!など、新しい発想を生み出し、物販から製造販売を始めると徐々に経営も楽になってきました。

 

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文具屋の井上ではなく、問題解決屋の井上として、これからは、提案力や技術力もさることながら表現力を身に付け、お客様との信頼関係をもっと太いものにしていきたいと考え、他社より少し高くても、常に同じ品質と価格。四国堂のサービスがお客様に感じてもらえる価値を高めて行きたいと思っています。

そのためにも、気持ちをリフレッシュし、自分の夢へと向かう情熱を持ち続け、家族や仲間とともに人生を楽しみたい!

 

有限会社四国堂
代表取締役 井上一郎

 

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